空海上人四国修行の霊蹟248を尋ねて・・六万寺ー・・・

第85番霊場 八栗寺・・を打ち終えて・・ケーブルで麓へ・・このあたりは四国の名石・・

 庵治石・・の一大産地・・八栗寺の裏山・・五剣山のもうひとつ北の山々・・

 女体山・・から遠見山・・の半島は全部庵治石・・歴史が長い石の切り出し港・・

 墓石から切り石・・仏像彫刻・・多種多様な材料として使われている・・

 ケーブルからの下り・・琴平電鉄志度線の八栗寺駅までの道筋はそんな石やさんが軒を連ねている・・

 製品の石像が道路際に沢山並べてある・・港では・・原石の運び出しをするらしく・・石材の山が作られている・・

 永年切り出しているのだろうが・・まだまだ原石がほりだせるのか・・・山の形も変わってきている・

 山を下りて・・琴平電鉄志度線にそって志度方面へ・・次の駅が「六万寺駅」  かなり有名なのだ・・

 駅から山手へと登っていく・・牟礼グリーンタウンと称する新興住宅団地・・その団地の一番高いところに・・

 六万寺があった・・学校の下を通って石段の下へと・・たどり着いた。
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 非常に歴史のあるお寺・・源平合戦に際しては・・平氏・・負けたほう・・に、担がれた

 安徳天皇が滞在
された・・所謂・・行在所・・

 それより更に昔・・天平の甍・・の時代・・全国に伝染病が流行して皆バタバタと倒れた時・・

 聖武天皇が・・行基菩薩に命じて、この寺を建てさせてご祈祷・・すぐにご利益・・伝染病は消滅・・

 その御利益に感謝して信者が小さな仏像を寄進・・それが6万体にもなった・・

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  弘法大師もこの寺へ滞在されて・・八栗寺へ納める千手観音様を彫られた・・

 このお寺運が良いのか、悪いのか・・長宗我部元親の遠征にして・・彼の宿舎として使われた・・

 これで焼失は免れたと思えたが・・元親の家来に・・ならず者がいて・・放火してしまった・・

 それで焼失・・

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 一旦は消えてしまったが・・戦国の世が過ぎて・・高松藩主・・松平公の援助で復興された・・

 その後色々あったのか・・大きなお寺になることも無く・・かなりこじんまりとした・・境内になっていた。

 境内から南を眺めると・・伸びやかに盆地が広がって・・実に景色の良いところにお寺がある・・

 以下次回
  小春日和・・暖かい一日だった・・こんな日はママチャリでの外出は楽しい・・図書館へ走って・・グルット長浜の町の中を廻って・ サイクリング・・背中に汗をかくほどに・・暖かかった。
 幹さんのモビリオの更新・・12月の中旬とか・・下取りの手続きとか・・車庫証明とか・・ 諸々の手続きに取り掛かった・・間もなくだ・・幹さん年内は無理かなーと思っていたが間に合いそうだ。
 街中で同じタイプの車を見ると・・親近感を覚える・・へんだ・・このごろの車は自分の車の最先端が見えないタイプが殆ど・・ 幹さん仕事していた頃は見えるタイプの車ばかり乗っていたので・・いつも不安・・だから、ポールを立てたりして見える工夫をしていたが・・ 今回も見えそうに無い・・何か工夫しないと・・ってんで・・オートバックスへと立ち寄った・・ 色々眺めていたが・・車が手元に入ってこないと・・「見てるだけ・・・」だ。

空海上人四国修行の霊蹟248箇所を尋ねて、五剣山・八栗寺へ・・

 遍路泣かせのお寺の一つだったが・・今ではケーブルカー・・で・・数分・・

 観光地の感覚でお参りできるお寺・・役の行者も修行した五剣山・・急峻な頂上付近に・・岩をえぐったような修行道があるらしい・・

 空海上人は‥虚空蔵求問持法の修行のためにこの険しい山を巡られた・・

 その、満願の日に天から「5本の剣が降り降りて・・」金剛蔵王が姿を現され・・この山の鎮護を命じられた・・

 大師は、5本の剣を夫々の山中に埋めて当時五峰あった岩山に大日如来を始めとした・・仏様の姿を彫られた。

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 このお寺には「歓喜天」祭る聖天堂があった。 

 何でも15センチほどの夫婦2体の像とか・・・弘法大師作・・との事・・歓喜天は大師が唐の国から招聘されたもの・・

 先ずは夫婦円満・商売繁盛・福徳自在・・・・嬉しいことを叶えてくださる神様・・いや仏様??????

 そういえばケープルカーを降りて歩き出すと・・すぐに大鳥居があった。 やっぱり神様が居られるのだ・・


歓喜天・・・なんて、名前が素晴らしい・・苦をとってくださる・・仏様は聞くが・・喜びを与えてくださる神様・・

 前向きで嬉しい限り・・幹さんしっかり祈った。  



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  聖天堂は高松在住の大富豪の一寄進・・一人で寄進をされた・・・大金持ちなのだ・・

 本堂の横手の石段を上がると「天狗様を祭ったお堂」が・・天狗は修験者の象徴・・この裏山が

 修験者の厳しい修行の場・・の証・・と言われている・・

 この地域では・・四国八十八か所第85番札所・・としてよりも、八栗の聖天様・・のほうがわかりやすい。

 境内は実に美しい・・落ち葉は落ちたらすぐに拾われる・・のか大勢の人の御参りにも関わらず・・

 いたるところに・・箒の目が見られる・・石畳以外を歩くのが躊躇われるほどの美しさだった。

 以下次回
  穏やかな一日だった・・幹さんの午後は、昨日のお祭りの清算・・農協へ行って預かったり建て替えたりのお金を清算した・・ 先日お宮さんの落ち葉掻きで大量に取得してきた落ち葉を・・幹さん家の裏の猫の額へ埋めることとした・・ 30センチほど掘り下げて・・落ち葉をしいて・・鶏糞・・石灰・・百姓の先輩の教えとおりに埋め込んだ・・ 土なぶりは疲れる・・昔はこんなものではなかったのに・・毎日穴掘りの日々だったが・・やっとの思いで、半分処理できた でもまだ半分が残る・・膝が痛くなったり・・指が変な感じ・・バネ指・・になったり・・確実に老化の道を辿っている・・ 前途暗澹・・だ・・プールで皆さんとお話していると・・暗い話題が多い方と・・明るい話題の多い方に別れる・・幹さん心して明るいほうに寄っていかないと・・ 空元気でも・・気楽トンボと言われても・・明るく振舞う・・ガンバラなきゃー・・まだまだ人生平均以下・・だから・・・

空海上人四国修行の霊蹟248箇所を尋ねて・第85番札所八栗寺へ・・・

遍路をすること20数度・・その間に道中の道筋を著わしたり・・順序を整えたり・・ 

遍路の父と呼ばれるほどの大先達・・真念法師の終の棲家・・牟礼町の州崎寺を後にして・・

 険しい岩肌を見せる「五剣山」の方向へ坂道を登りだした・・

 五剣山・・ツルギのような山が五つ・・と思ったが・・どう見ても・・4つ・・4剣山・・

 昔・地震でがけ崩れが発生して・・一つだけ壊れてしまった・・らしい・・

 その五剣山を背景にして「五剣山・八栗寺」は、八栗山の中腹にある・・

 遍路道は登山道・・でも今では「八栗ケーブル」がお寺の境内の裏手へと登っている

 遍路の楽しみはいろいろあるが・・マイカーでの巡拝では・・ケーブルに乗るのがとっても楽しみ・

 特に幹さんはその傾向が強い・・「高いところが好き」・・が理由。ぐんぐんと上がっていく時・・

 まるで子供になったように嬉しい・・やっぱり成長していないのかもしれない・

 15分間隔で出発するケーブルを待って乗り込む・・座る方向は・・毎回下が見える位置・・

 一番後尾・・しっかりと場所取りをして出発・・
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ケーブルは、境内の裏手へと通じている・・だから境内を通って先ずは山門のところまで・・

 遍路道からなら、山門へと通じている・・大師堂・・本堂の前を通り過ぎて山門の横を通って・・

 正式に入りなおした・・山門で一礼・・すると山門の正面に本堂が配置されている・・

 ズドーンと正面に・・その裏山は・・五剣山・・行者の修行の岩場・・素人は立ち入り禁止・・

 今でも修行者は登って廻っておられるとか・・垂直に近い岩場が林立・・厳しいところ・・


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 このお寺はお大師様の開創・・山頂からは四国本州の八カ国が見える・・だから当初は「八国寺」

 その後大師が唐の国へと修行に行かれるに際して「八本の栗の木」を植えられた・・

 帰ってきたらその栗の木が、ことごとく繁茂していた・・だから八栗寺と御改称・・

 以下次回
  お宮さんのお祭りで・・御手伝い・・9時に祭典が行われた後は・・お留守番・・大勢いても仕方がない・・ 交代勤務をしよう・・って、ことに決った。 午後からの方に「手を上げた」 早速10時からのプールへと走った  皆さんに遅れながら、ぎりぎり時間一杯入場・・皆さんに少し遅れながら・・泳ぎだした・・
  幹さん家の前の電線に・・光ケーブルが架設・・される・・ついては・・この際「光」にされては・・とNTTのお方がお見えになった・・ 今まで何度もしつこく・・近江八幡のNTT代理店から電話による勧誘・・があったのは何だったのか・・ 今回こられたNTTの人のお話では・・来年早々架設・・「話のつじつまが合わない」 今回は名詞に大きくNTTと書いてあった・・こちらを信用すべきだろう。
 「料金が変わらないなら考えて見ます・・」と、言ってしまった・・それ以来毎日「どうですか・・どうですか・・」幹さんのルスにご来訪・・ 幹さん検討したら電話する・・と言ったのに・・遂に幹さん怒った・・「検討の結果、しません・二度とこないで下さい・」と言って、電話した・・ もらった資料を捨てようと・・名刺をもう一度よく見たら・・「NTT代理店」と小さく書いてあった・・ 「よく見なきゃー・・」電話での勧誘と・・似た様な業者だったのだ・・  幹さんこんなのに弱いんだ・・勧められて・・より「自ら選ぶ」を徹底しないと・・・ 大いに反省した・・少し腹を立てた・・「光」にするなら・・NTT以外だ・・NTTは眉唾が多い・・と幹さんの反省ノートに記入した。



弘法大師四国修行の霊蹟248箇所を尋ねて、232番目は・・遍路の大先達のお墓のある・・州崎寺へ・・

 屋島寺を打ち終えて・・次の札所は・・第85番八栗寺・・ここも山の上のお寺・・

 国道へ戻って東へと走ると・・途中に・・遍路のマニュアルを著わした、大法師・・真念さんのお墓がある州崎寺へと立ち寄る。

 眺海山・州崎寺・・開創は実に古い・・弘法大師も修行されたほど・・その当時は大伽藍・・であったが・・

 源平の古戦場が近いことから戦場となって・・全て焼き払われた・・

 源の義経により再興されたが・・今度は長宗我部によって、焼き払われた・・

 忠臣蔵の時代に再興・・遍路の霊場の途上で立ち寄る寺として・・いろんな本に掲載されている・・

 この付近は香川県牟礼市・・この町のお墓で・・その遍路の大先達・・「四国遍路指南書」を書かれた・・

 真念法師のお墓が発見された・・昭和48年とか・・そこでこのお寺へと移築・・された。

 真念さんの時代は・・四国の霊場をめぐるには・・道なき道を辿ったとか・・真念さんは・・その道筋を明らかにされて・・

 遍路道の原点と言うべきものを記された・・今では国道が四国中をめぐっているが・・真念さんの遍路道・・谷から山へと・

 実に厳しい経路をたどっている・・心細いほどの道をたどるとき・・遍路は初めて・・自問自答しながら・・仏の世界に近ずく・・

 今の様に・・立派な道を辿っていては・・いつまで経っても・・仏様のお傍へは寄れないのかも・

 幹さん所詮・・観光遍路・・ナノだ。

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 州崎寺・・実に美しく整備されていた・・近年改修されたようだ・・境界の塀の内側には

 源平の合戦の絵が嵌め込まれている・・

 このお寺から少し北の方向へと進むと・・「祈り岩」がある。

 かの、那須与一が・・平家の船の女官の掲げる・・扇の的・・を射落とせ・・と命じられて・・

 このあたりで、「願わくば、あの扇の真ん中射たせたばせ給え・・」・・と祈ったとか・・

 祈りは通じたらしい・・幹さんも・・あきらめずに祈ろう・・

源平の古戦場だけに‥歴史的な史跡がいたるところにある・・

 義経が誤って水中へ弓を落として・・身の危険を顧みず拾おうとした・・

 家来が「危ない捨てて置かれては・・」義経は必死で拾った・

 後で聞くと・・義経は「源氏の総大将の弓が敵に渡って・・こんな弱い弓しか引けないのか・・・」

 と言われては「自らの恥辱・・」と・・「弓流しの跡」として残っている・・

 非力で見栄っ張りだったのだ・・・・

 以下次回
  午前中は町内の「防災訓練」全員参加だと思っていたので・・遅れないように会館へと・・でも殆どが自警団の方・・ 幹さん肩身が狭かった・・消火器の使い方の訓練と・・煙体験・・幹さん参加したからには・・真面目に受けた・・ お土産は「缶詰の乾パン・・期限切れ寸前・・」と、火災予防の記載されたビニールファイル・・しっかりと頂いてきた・・ 午後は、お宮さんのお掃除・・明日は「新嘗祭」神主様が御参りになる・・幹さんお当番・・ だから明日はプールはお休み・・午後までお宮さんを開けている・・だからお宮さんのお留守番・・ お宮さんのお掃除を終えて・・明日のお供え物を買いに楽市へと・・このお供え物のお買い物が中々大変・・お世話の仲間が10人・・ 「お下がり」をこの10人で平等に分ける・・だから10等分できるようなものを探す・・至難の技  お宮さんの会計も厳しい・・特に今年は年初に思わぬ出費があって・・財布の底が見えつつある・・
 だから、倹約したお供え物・・が必須ー・・楽市の食品売り場をうろつきながら・・海の物・山の物・野の物を探した・・

空海上人四国修行の霊蹟248箇所を尋ねて・・第84番札所屋島寺へ・・2

 第84番札所 南面山・屋島寺・・瀬戸内海へ突き出た山頂部が平らな半島・・屋根の様に見える・・

 那須与一の扇の的・・義経の八艘飛び・・幹さんの子供の頃のお伽の本によく出てくるシーン

 それがこの山の周りで展開された・・半島全体は古火山台地・・北の方にもチョット高いところ・・

 南の方・・半島の付け根・・にもチョット高いところ・

 最初は北の峰に・・鑑真和上が・・瀬戸内海をならへ向う途中で・・ここは霊地・・と上陸されて

 堂宇を建てられたのち・・弟子の恵雲律師が初代住職に・・その後荒廃して・・

 のちの天皇からご指示があって・・弘法大師が南の山頂へと改めて建立・・ご本尊に十一面観音様を刻み納められた・・

 源平合戦の地だけに宝物館には歴史の宝物が一杯・・らしい。 勿論有料・・

 何んと言ってもこのお寺で特異なのは・・タヌキ・・

 日本三名狸の一つ・・太三郎狸のお寺・・ご本尊千手観音様のお手伝い・・を勤めたとか・・

 大師が霊地を訪ねて山中でみちに迷うと・・老人に化けて・・道案内を勤めたり・・

 言い伝えでは・・日清日露の戦争にも・・四国の狸の元締めとして、一族郎党を引き連れて出兵・・

 縦横無尽の活躍をしたとか・・実に愉快な言い伝えの狸・・

 そんな伝説に相応しい明るさを持つお寺の境内・・





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 狸を祭る社「蓑山大明神」は朱の鳥居・・このあたりお狐さんのお稲荷さんと似ている・・

 入口の石造りの狸の下腹部・・は・・誰が撫でるのか・・ピカピカに光っていた・・

 何かのご利益か・・・

 この屋島寺のご本殿は国宝・・元は朱塗りの建物だったのか・・剥げてはいるが一部に残っている・・

 鎌倉時代の建造物
以下次回
 寒い一日だった・・湖北時雨・・太陽が出ているのに・・パラパラと雨が降る・・年の暮れ特有の気候・・ 屋外で冬越の出来ない鉢を何とかしてやりたいが・・しとつく雨では・・傍観するしかない・・
 こんな天気がこれからは・・続くのか・・鬱陶しい・・
 新年度の造船の計画を立てている・・「遣明船」・・が、ターゲット・・資料を集めている・・
 図書館でも探し・・インターネットでも探し・・正確な姿・・詳細が見えてこない・・一方で使う材料の入手もぼつぼつと・・ カーマで・・節のない木材を選り取り・・買い集めている・・そのうちに設計図が書けるだろう・・ 現在構想中・・・だ。
プロフィール

Author:幹さん
幹さんのブログへようこそ。
自分の時間が沢山ある年齢になったのに、一日が早く終わる様に感じられます。そんな貴重に感じる日々を充分に味わいたく、あっちこっちと気になる所へ走っています。
 元気で体力の続く限り四国八十八箇所霊場を巡りたいと、時間を見つけて出かけています。勿論合間にはボランティアーも、そして毎日のプールも。そんな日々を記録しました。

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